日本の国石 翡翠 ~7,000年の歴史をもつ“新しい”宝石~

翡翠

日本の国石である翡翠は、長い間歴史から消えていた、いにしえの宝石です。再発見のきっかけは、糸魚川に伝わる姫の伝説でした。

5月誕生石として知られる翡翠。日本の国石にも指定されているのをご存じですか?

翡翠文化の起源は古代にさかのぼります。しかし、近年まで1,200年もの間忘れられていました。翡翠はなぜ、日本を代表する宝石となったのでしょうか。その背景を紐解きます。

日本の翡翠は本翡翠

世界中で親しまれる翡翠。実は軟玉・硬玉という2種類の鉱物に分類されます。

軟玉(ネフライト)
ネフライト 緑閃石・透閃石の結晶が集合したもの。柔らかく加工しやすい特徴があります。主な産地は中国で、ほかにニュージーランド・アメリカ・カナダも知られています。

硬玉(ジェダイト)
ジェダイト ヒスイ輝石の結晶が集合したもの。その名の通り硬度が高く丈夫です。宝石としても高く評価され、本翡翠と呼ばれています。日本の翡翠はこちらの硬玉です。国産翡翠の産出量は少なく、主にミャンマー産のものが流通しています。

翡翠は世界最古のジュエリー

日本の翡翠は地球上で最も古く、約5億万年前に誕生しました。翡翠文化の歴史も日本から始まっています。

2005年に、新潟県糸魚川市の大角地遺跡から7,000年前の翡翠敲石(たたきいし)が発見されました。これは世界初の翡翠使用例です。富山県の小竹貝塚では糸魚川産とみられる翡翠の垂飾(たれかざり)が出土し、人類が最初に身につけた宝飾品といわれています。

古代からよみがえった糸魚川翡翠

忘れられた翡翠文化
翡翠の勾玉 日本では、縄文時代から弥生時代・古墳時代を通じて、翡翠が珍重されました。しかし奈良時代以降、忽然と姿を消してしまいます。その理由はわかっていません。服飾文化の変化と関係があるともいわれています。

こうして日本の翡翠文化は1,200年に渡って途絶え、国産翡翠の存在もいつしか忘れ去られてしまいました。

「日本に翡翠の産地は存在しない」
「古代の翡翠はすべて外国から渡来したもの」
驚いたことに、つい数十年前まではそれが考古学界の定説だったのです。

沼川姫の伝説
沼川姫 糸魚川翡翠が再び歴史上に現れたきっかけは、この地に伝わる伝説でした。

かつて糸魚川一帯は、沼河姫(ぬなかわひめ)という姫によって治められていたといいます。沼河姫は、霊的な力をもつ巫女で、翡翠の玉を身につけていたそうです。

『古事記』には、出雲国から来た大国主命(おおくにぬしのみこと)が沼河姫に求婚し、結婚したことが記されています。

『万葉集』巻十三にこんな歌があります。
渟名河(ぬなかは)の 底なる玉
求めて 得まし玉かも
拾ひて 得まし玉かも
惜しき君が 老ゆらく惜しも

(沼名川の底にある玉は、求めて得られる玉だろうか、拾って得られる玉だろうか。その玉のように、得がたく大切なあなたが年老いていくのは残念だ)

「渟名河(沼河)」というのは現在の姫川。糸魚川市内で小滝川と合流する川で、その名は沼河姫に由来します。

では、川底から得る玉というのは何のことでしょうか。

翡翠の再発見
糸魚川 昭和初期、糸魚川の文人・相馬御風は、沼河姫の翡翠が糸魚川地域で採れたものだったのではという疑問をもちました。

御風が知人にこの話をしたところ、小滝村(現在の糸魚川市小滝)に住む親戚が翡翠探しに力を貸してくれることになります。そして昭和13年(1938)8月、小滝川に注ぐ土倉沢の滝つぼで美しい緑色の石を見つけ出しました。

東北大学理学部岩石鉱物鉱床学教室で分析したところ、発見された石が翡翠であることが証明されました。まさに、考古学の定説を覆す大発見です。

伝説は史実だったのか
出雲 翡翠再発見の鍵となったの沼河姫の伝説は、史実がもとになっているという説があります。大国主命と沼河姫の結婚は、出雲の豪族が翡翠と加工技術を得るため、糸魚川に勢力を延ばしたことを表すというのです。

古代出雲は、出雲石(出雲碧玉)製の勾玉・管玉の一大生産地でした。その技術・製法には糸魚川と共通する点があるといわれています。また、出雲大社本殿裏の真名井遺跡からは、非常に良質な糸魚川翡翠の勾玉が発見されています。

出雲と糸魚川との間には、翡翠をめぐる浅からぬ縁があるようです。

『北安曇郡郷土誌稿』には、大国主命と沼河姫の関係が最終的に破綻し、姫は追い詰められ、命を落としたことが記されています。沼河姫の悲劇は、糸魚川の翡翠文化の衰退を示唆しているのかもしれません。

日本を代表する宝石 翡翠

翡翠

日本鉱物科学会による国石選定
日本の国石は、2016年に日本鉱物科学会によって選定されました。その目的は、日本の大地を構成する石について、自然科学・社会科学・文化・芸術の観点から重要性を認識し、知識を広く共有することです。

一般からも公募を公募も募り、候補にあがった石は22種。最終候補は翡翠・水晶・輝安鉱・自然金・花崗岩の5種に絞られます。

第1回投票で上位2候補(翡翠・水晶)が選出。決選投票で過半数の支持を得た翡翠が、日本の国石に決定しました。

翡翠が選ばれた理由
翡翠が支持を集めたのには、5つの理由があります。

1.日本で良く知られている国産の美しい石であること
縄文時代以来7000年の歴史をもつ翡翠は、日本の文化に大きな影響を与えた宝石です。

2.鉱物科学・地球科学・考古学的に重要な意味があること
翡翠はプレートの沈み込み帯でできる鉱物。複数のプレートがぶつかり合う、日本ならではの地質条件が翡翠を生み出しました。糸魚川では、フォッサマグナの隆起により、翡翠を含む地層が地表に持ち上げられたと考えられています。

最古の宝石である日本の翡翠製品は、考古学においても貴重な発見です。

3.長期間・広範囲にわたり日本人の生活に関わっていること
古代日本の翡翠文化は、日本全域に及んでいました。現在でも翡翠は国産の宝石としてさまざまなアクセサリーに利用されています。

4.その産出が現在まで継続し、屋外で見学できること
希少な地下資源は、積極的な採掘で枯渇してしまうことが少なくありません。日本の翡翠は古代から利用されていたのにもかかわらず、現在でも山・河川・海岸で観察することができます。

5.屋外での見学が、法律による保護などで持続可能なこと
糸魚川市の小滝川・青海川をはじめとする翡翠集積地は大切に保護されています。今日でも現地で翡翠を見学できます

おわりに

翡翠の宝石

糸魚川翡翠の再発見は、失われた翡翠文化の記憶を呼び覚ますこととなりました。長い歴史と豊かな文化をもつ翡翠は、日本が誇る宝石です。

貴重な自然資源を保護するため、昭和31(1956)年には小滝川ヒスイ峡、翌年に青海川ヒスイ峡が国の天然記念物の指定を受けています。現在、この場所では翡翠を採取することができません。

パスクルでは現地の業者を通じて、過去に小滝地区で採取された糸魚川翡翠の原石を入手し、玉に加工しています。日本の風土で育まれた翡翠を手に、悠久の歴史に想いを馳せてみてはいかがでしょうか?

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